寺院の号、さらぬ万の物にも、名を付くる事、昔の人は、少しも求めず、たゞ、ありのまゝに、やすく付けけるなり。この比は、深く案じ、才覚をあらはさんとしたるやうに聞ゆる、いとむつかし。人の名も、目慣れぬ文字を付かんとする、益なき事なり。
何事も、珍しき事を求め、異説を好むは、浅才の人の必ずある事なりとぞ。
現代語訳:
お寺の名前や、その他の様々な物に名前を付けるとき、昔の人は、何も考えずに、ただありのままに、わかりやすく付けたものだ。最近になって、よく考えたのかどうか知らないが、小細工したことを見せつけるように付けた名前は嫌らしい。人の名前にしても、見たことのない珍しい漢字を使っても、まったく意味がない。どんなことも、珍しさを追求して、一般的ではないものをありがたがるのは、薄っぺらな教養しかない人が必ずやりそうなことである。
吉田兼好『徒然草』第百十六段(徒然草さんより)
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以前から、このネタは取り上げたもんかどうか、ずーっと悩んでいたのですが、土曜日ですしやっちまいます。(理由になってない)
説明不用な有名サイトかもしれませんが、まずは一発。
同率一位:戦争(せんそう)、僕(しもべ)DQNネーム さんより
コレ、どっちも実在の子供さんの名前。
閲覧者の投票によってアレ具合の順位が決まるわけですが、本当にいるのかこれ、と勘ぐってみるも、どうもソースは割と信頼が置けるようでアレですな。
僕も自分の名前と同じ読みで探したりしたんですが、読めんってこれは。
・・・というか、上位ランカーは読める読めないを通り越してますな。
先輩にお子さんが生まれて、非常にまともな名前をつけてらしたので、この際と思いご紹介した次第です。
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しかし、いわゆる世界初のDQNネームはこれでしょう。
ラーフラ(障害をなすもの)
なんちゅう名前をつけるんだ、と思いますが、命名したお父様がこちら、

お釈迦様・・・
何でも「修行の妨げになるから」ってオイコラオモテ出ろ。
もっとも異説もあるので、確定ではないですが・・・で、何が言いたいかというと、吉田兼好グッジョブ。
さて、巷ではのだめカンタービレにお客さんが集まっているようです。
オーケストラのメジャー化というか、解り易さという意味ではアリではないか?
だがやはり、みなさまにはホンモノを聞いてほしい。
体調不良(がん)が見つかり、夏までの休業を発表した小澤征爾さん。彼は、カラヤン亡き後の現世界において、小生は地上トップの指揮者であると思うのだ。
画像はNHKさんごめんなさいの8年前のニューイヤーコンサート@ウィーン。
※CDも売れまくりでした。
ウィーン国立歌劇団も、これは小澤さんが監督。「美しい」という、言葉の意味がわかる動画。
☆2002.01.01 An der schönen, blauen Donau Conducted by Seiji Ozawa 小澤征爾
小澤さんの指揮を、幼いころ、一度だけ生で観たことがある。
サイトウ・キネンで、小生生まれ故郷長野へ、小澤さんがいらしていたときだったと思う。彼の心意気で、片田舎のフツーの小学校の体育館で、急きょオーケストラの演奏が決まった。
「ドラゴンボール」が見たかったから水曜夜だった。小生はずっとピアノっ子だったのだが、ピアノの先生と、母と、3人で出かけた。会場には、乳呑児を抱いたほつれ毛日本手ぬぐいのお母ちゃんたちも多数来ていて。
印象的だったのは、漢字がプリントされた浴衣に頭はぐるぐるタオル、というカッコウでリハをされていた小澤さんの傾奇(かぶき)な出で立ちと、ステージでは音がこもるからと、体育館をまるまる横に使って、ステージを完全に無視し、オケのフォーメーションを組んだ彼のやり方だった。
彼はオーケストラにおける自らの新たな試みを「実験」と呼んだ。チャレンジ=「実験」。
「なんでもやってみよう!そして、その結果を詳しく検証し、また新たなものを創り出すのだ!」
まさにマッドサイエンティストな小澤征爾さんであります。終わった後立てなくなっちゃったんだよなあ。あれはスゴかった。
さて、
そんな小澤さんが師事し、生涯尊敬したカラヤン大先生。その大先生との対談動画も見つけてしまった。天才二人の夢の協演。これは超必見。
☆Karajan-Interview with Seiji Ozawa-1981-Paris?
「全生涯を通じて。
指揮者であろうと、大統領であろうと、
自分の考えを示してあげることが大切なのです。
自分で全部やることは不可能です。
指揮も全く同じですよ。」
※ヘルベルト・フォン・カラヤン大先生コメントより抜粋
「まとめる」「みんなにがんばってもらう」って大変!!!
小澤先生、カラヤン先生にありがとうな連休明け火曜日!
小澤さんの復帰を信じて願い、本日も、がんばっていきまっしょい!!!
先日、元ライブドア社長の堀江さんがtwitterでこのようにつぶやいていました。
取引先だろうが労働者だろうがもし搾取されていると思えばその企業の株を買えばよい。配当性向が高ければ株を買えばよい。株主重視だと思えば株主になればいいだけのことだ。俺はその可能性を広げるために大幅な株式分割を主導した。株式市場を大衆化しようとした。
※かなり古い画像ですが、こんな時期もあったみたいです。(上記発言の時期ではありません)
社員の給与や福利厚生を削る会社。でも、そこで削られたお金はどこに流れるのか?というと、結局は株主だったりします。
ちなみに、堀江さんの”搾取”という言葉ですが、”搾取”というと「経営者・株主が上、従業員が下」というイメージがあります。この捉え方(会社は株主のもの)に対する反対意見としては、元財務相の与謝野馨氏の意見があります。2009年2月24日の衆院財務金融委員会で、「一時期、会社は株主のものという誤った考えが広まった。会社は株主のものという考え方は私にはなじまない」と語っています。<J-CASTニュースより>どっちが正しいのかはいろんな見方があると思いますが、当エントリーは堀江さんの発言を受けてのエントリーですので、ここでは「会社は経営者・株主のもの」という前提で話を進めます。
働いている社員からすると、「搾取!?ちょっと待てよ!」と思うかもしれません。ただ、社員は同時に株主になる権利も持っています。ということは、この会社が向いている方向(この場合は株主)に立てばいいだけのこと。つまり、自分から動くことで、ある意味有利なポジションに立つことができるのです。
とはいえ、株主になれるのは一部の高所得者だけという意見もあります。確かにそうかもしれません。ただ、一株100円くらいなら、×100株で一万円程度からでも買うことができます。ECナビでは、ミニ株なら少ない予算でも大丈夫と述べています。そこまでハイリターンを望まなければ、決して不可能というわけではないはずです。
もちろん、株式などに手を出さず、ひたすら貯蓄をすることも手でしょう。20・30代のエンジニアの平均貯蓄は473万円というデータもあります。このようなデータを見ると、堀江さんの言うように株に手を出すよりコツコツと貯蓄したほうが得策のように思えてきます。
どちらが正しいのか、正解はないと思います。とはいえ、堀江さんの「株主になる」という方法は決してなしではないと思います。正しく運用しようとすればその会社の経営を学ばなければなりませんし、そのノウハウが貯まればビジネスパーソンとして日々の仕事に活かすこともできます。それがゆくゆくは成果につながり、収入アップにつながることもあるでしょう。
堀江さんのつぶやきは、なかなか将来に希望が見えにくいこの世の中に、楽しい人生を作っていくためのヒントを与えているのかもしれません。
canonマーケティングジャパンさんのホームページにて。

「訳あって、今年の採用活動に出遅れます。」
私たちも計画通りの業績を上げられずに、苦戦しています。この状況の中、人員計画を正確に予測することは困難を極め、現時点で、”2011年に新卒を採用する” という最終決定には至っていません。
「果たして、このまま見切り発車で採用活動を続けるべきなのだろうか」
もう一つ懸念していたことがあります。
新学期が始まったばかりの4月から面接を行うことで、学生のみなさんから学ぶ機会を奪っているのではないか?そこで、私たちは決断しました。
「2010年1月から3月までの業績を見た上で、今年の新卒採用を行うか判断する。採用活動を行うのであれば、4月以降にきちんと伝えよう。そして選考活動は、いっそのこと夏季休暇期間中にすればいい」
一企業である私たちの採用選考に関する決断は、ごく小さな波紋でしかありません。ただ、このアクションに共感してくれる企業と学生が、一社ずつでも一人ずつでも増えることで、就職活動が、他人との競争ではなく、自分の可能性を探す機会になるはずだと信じています。
※キャノンマーケティングジャパン採用課ページより抜粋(部分略)
就職活動が学生のものであるはずだという立場に立てば、「これは親切」。
また、企業の側から見ても、余計なコストがかからず、客観的に「賢明」。
「正直」って一番近道だとは思うんですよね。
また、広告の意味で考えても、「キャノンはいい会社だな」という効果はありそう。文章も誠実で良い。マネする企業が増えると、もっと就職活動がまっとうになる気はする。
しかし一方で。
例えば2ちゃんのスレッド等からは、「詭弁だ」と言うような見方も出ているし、以前は「椅子がない会社」として「痛いニュース」でも叩かれたことがあるキャノンさんである。それもまた一方で事実でもある。
ただ、今回の「夏休みに(多分)採用活動する」にしても、椅子のない工場の「5メートルを3.6秒で歩け」にせよ、たとえ周りにいろいろ言われたって、「初めてのことにチャレンジしてみる」という事が、「勇気ある決断」であって、そこが一番重要なのではないか。
いずれにせよ、経団連会長の率いる会社が、こうしたリリースを出さなくてはならないほど、今の日本経済が切迫しているという事実を、我々は今、把握する必要がある。
ただ、より重要なことは、それを解決する手段を模索すること。困難に立ち向かう努力を各企業、個々人が行うこと。
つまり、失敗を恐れず、挑戦し続けること。それこそが、大事だと思う。
日本のバンドで「トライセラトップス」さんっていらっしゃいますよね。

これは英語読みでして、通りのいい言い方ですと「トリケラトプス」であります。

「狂える雷神」マッドサンダー
(本年も趣味全開でございます)
なんでも、三人組だから三本角の恐竜の名前つけたとか。
他にも海外では、

“Blastoids”(ブラストイズ)というバンドもございます。
このブラストイド、日本語で言うと「ウミツボミ」という化石生物でして、

こんなの。
こんなたわけた平和な連中が生き延びられるわけは無く、2億5千万年前に三葉虫だのなんだのと一緒に討ち死にしました。合掌。
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しかし、化石の生き物というのはロマンがあります。「恐竜博」なんて毎年やってますし、特に子供には人気のある生物ですね。
そこで本題のとあるPVですよ。
They might Be Giants “I Am a Paleontologist”
“Paleontologist”で「古生物学者」ですな。恐竜はもちろんですが、その他も含めて化石の生物を研究する人のことです。
全訳はめんどくさい野暮というか、若干著作権侵害のような気もするので、最初のつぶやきだけ起こしてみますと、
fossils: 化石
dinosaur bone: 恐竜の骨
evolution: 進化
mass extinction: 大量絶滅
stratigraphy: 層序学
taxonomy: 分類学
となります。それぞれ古生物学で使う用語ですな。
(さすがに化石で遺伝学とかは無理だろうな・・・)
ところでYouTubeにはコメントがつきますが、本動画でもこのやり取りが面白かったのでご紹介
yutzwagon2 (1月前)
Cute song. But mastodons, like elephants, don’t have bones in their trunk.(かわいい。でもマストドン、ゾウみたいな動物だけど、鼻にはホネないぞ)burningfalcon4992(1月前)
its a music video, not a science report…(ミュージックビデオだろ、科学レポートじゃねえんだぞ...)
ついでに映像中、「カルノタウルス(Carnotaurus)」のスペルが間違ってるというか、何か勘違いしてるみたいなのはご愛嬌ってことにしとこう(何様だオレ)。
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しかしこのバンド、関連動画にも「メソポタミアがどうのこうの」とかありますが・・・どんだけ教養あるんだ。
以上、曲のサビが耳にこびりついて離れんumiushiがお伝えしました。ではでは。
最近、大学で働く人とコミュニケーションする機会があり、いろいろと現場のことを聞いてみました。どうやら、「ゆとり世代」のことが教育関係の現場で問題になっているとのこと。「すぐに諦める」「努力を知らない」というのが、大きな傾向みたいです。例えば「四捨五入できません」とか、「メンドくさいんで、論文でそこまで書くつもりはありません」とか。ちなみに、これは心理学関係の現場で起きてることですが、とある大学院生に聞けば教育の現場全体で起きているとのこと。
そして、WEBではこんな意見も。教育関係に詳しい陰山英男氏より。
教育の現場でひと足先にゆとり世代と向き合っている陰山氏によると、この世代の特徴は3つあるという。
(1)周囲の人間や社会に対する不平不満、批判が多く、問題を人や社会のせいにしがち
(2)「物事はうまくいって当たり前」と考えるため、少しでもうまくいかないと自信を失ってしまう
(3)それでいて、「このダメダメな状況を一気に解決する夢のような方法がどこかにある」と信じている
※元記事 陰山英男氏が指摘する「ゆとり世代」3つの特徴
で、教育関係の現場では、「これじゃイカン!」と判断して、いろいろ対策を練っているみたいですね。
ただ、自分として思うのは、これらを「問題」として扱うのはどうなのかな?と。例えば、元住友商事情報調査部長の橋本尚幸氏はlivedoorのBLOGOSで以下のように述べています。
「ゆとり世代」が職を見つけられない、だから雇用問題「全体」を何とかしろとNHKは示唆する。でも根本問題は現代の不況にある。ニッポンの雇用全体が脅かされているのだ。日本のすべての産業において、過剰雇用問題が存在する。30~40歳以上の世代は、それを正しく認識しているが故にこそ、自分の「メシの種」(職)を確保するために、自分の雇用を脅かす自分より若い世代を、あいつらは「無能」であるとして攻撃するのだ。-略-今となってはみんな全員の所得を減らす以外には、この危機に対応のしようがない。それに目をつぶり、自分のお給料だけはいままでのままに守りたいという「ニッポン既得権中高年」の自己防衛意識が、「ゆとり世代」たたきと、彼らの就職難につながってきているのである。新規参入者を締め出そうとするのは衰退社会の特徴である。※元記事 NHK特報首都圏「“ゆとり”と言われる若者たち」……ダメなのは「ゆとり以前」の世代じゃないのか?
原因を「ゆとり世代」のみに求めるのもいかがなものか?ということですね。どっちが良い悪いじゃなく、いろんな見方があると思います。自分としては、どっちに属すわけでもなく、「価値観の提示」という方法を提案してみます。
例えば、「何か壁があったら、それをがんばって乗り越えるのも悪くないんだよ。というのは、乗り越えた後には達成感というものを味わうことができて、これがムチャクチャ気持ち良いんだ」みたいに。「がんばらないのは悪だ!」と否定するんじゃなく、「がんばった後に達成感を味わう、という考え方もあるんだよ」と。
それで、やってみようと思う学生はやってみればいいし、興味が湧かないなら別にやらなくてもいいんじゃないかなと思います。「押し付け」の教育じゃなく、「選択肢の提示」の教育も悪くないと思いますよ。
今年はじめてのエントリーが教育論になっちゃいましたが、最近自分の中でのホットなテーマだったりするのでwいろんな年代の人と関わる機会のある年末年始に、ちょっと思い立ってみました。
そんなわけで、今年もよろしくお願いいたします!
※ちなみに、こんなニュースもありました。